【インタビュー】「折れず腐らず向き合っていく」俳優/夏目 雄大さん①

 ちょっと気になるあの人”の初出し情報満載のインタビューコーナー「夢人図鑑」。

 今回の夢人図鑑は、俳優・夏目雄大さんのインタビュー①をお届けします!


――始めまして!「夢人図鑑」のインタビューにご協力いただきまして、ありがとうございます。早速ですが、読者の皆様に自己紹介をお願いします。

 はじめまして、夏目雄大です。こちらこそインタビューのお話をいただきまして、ありがとうございます。

最後まで読んでいただければ幸いです。よろしくお願い致します!


――雑誌・テレビ・舞台と、様々な活動をされてきた夏目さんですが、このようなお仕事を始めたキッカケを教えてください。

 長い話になりますが、うちは元々五人兄弟で、上二人とは片方の血が違いますが、みんな好きなものだったり興味があるものがバラバラで、末っ子の自分はその四人の好きなものに影響されて、その中でもアニメだったり演劇というものが共通してあったんです。

 兄弟もみんな多感な時期で、俺は全然相手にしてもらえず、家の中にも居場所はないし、よく一人で団地にある公園で遊んでいました。当時、小学生位の頃に全く友達がいなくて、小学校六年間を通して友達がほぼゼロだったんです。

 一回だけ遊んだりしたことはありましたが、元々根が暗くて、それもあってハブかれたり少しイジメのようななこともありました。

 そういう時期って、やっぱりアニメだったり演劇というのは、心の救済になるというか…。皆から認められたり、褒められたり、愛されたり、そういう世界が素晴らしいと思い始めました。


 当時観ていたアニメは『NARUTO』(岸本 斉史 著)や『桜蘭高校ホスト部』(葉鳥 ビスコ 著)です。NARUTOは特にです。落ちこぼれで、ダメダメで、皆んなに構ってほしくて悪さをするのがもろ自分と重ねて見ていました。

 それから、中学三年生の頃に芸能が学べる高校に行こうと思い、人生で初めて自分の夢を決めました。

 そこから縁があり、芸能活動をさせていただくことになりました。といっても、最初の頃はギャラ無しだったり、チケットを手売りしたり、そういう下積みをしていました。舞台俳優をやらせていただく前なのですが。


――少し複雑で寂しい環境で育ったんですね。

 そうですね。でも、自分の中ではそれが世界の基準というか、みんなもそんな家庭なのだと思っていたんですけど、外に出てみると違くて、周りとちょっとズレてるなって…。皆んな仲良さそうで、なんというか不安がないというか…。自分は子供ながらに未来に対してぼんやりとした不安があって、何になれるんだろうとか、本当にネガティブでしたね(笑)


――筆者も、深夜アニメに助けられていた時期があるので、アニメや漫画に助けられる気持ちがよく分かります。

 今でも漫画やアニメ大好きなんですけど、あれって人間の理想というか、憧れが具現化されたものだと思うのでやっぱり辛い時とかにみると救われたりします。そこが漫画やアニメの素晴らしさだと思います。


――そうして、漫画やアニメがキッカケで、表現の世界に足を踏み入れた夏目さんですが…。チケットの手売りをしていたとは、意外です!

 18歳くらいから芸能活動は始めていたんですけど、最初の頃は右も左も分からなくて…。でも自分が絶対に売れてやるみたいな、変なとんがりは凄くありましたね。やっぱり誰よりも認めて欲しい、愛されたいという承認欲求が強くて。

 それで、勢い任せでこの世界に入りましたが、現実はお金だったり、事務所だったり、世間のニーズだったり…そういうものが立ちはだかります。ありのままの自分を愛して欲しいなんて無理な話ですし。そこから、自分にできること何か試行錯誤して、夏目雄大に至りました。

 下積み時代は辛かったけど、今思い返せば本当にみんなが夢に向かってキラキラしていて、その青春を共有できたことで、戦友みたいに思っています。初めて、暗い過去ではなくて何か自分の未来を愛せた気がします。

――今までお仕事をされてきた中で、特に印象に残っている出来事を教えてください。

 どのお仕事も自分にとって印象的ですが、特に印象的なのはやっぱり舞台のお仕事ですかね。憧れていたお仕事なのでやっぱり楽しかったです。

 出来事というか裏話?みたいな感じなんですが、最初の頃は凄くハードで、ダンスも、歌も、お芝居も素人だから、素晴らしい先輩達にどう食いついて行けばいいのかって悩んでいて。

 当時の自分は、訳あって公務員の学校も通っていたので、それと両立していくのは大変でした。学校に行ってすぐ稽古に行くみたいな生活で。ストレスから胃を壊したりして、毎日食べたものを吐いちゃったりもして、稽古自体はすごい過酷でしたね。

 でも、それだけ期待されていることを自覚していないと、どこか浮き足立つというか、周りに流されてしまうし、自分の任せられたことに責任をもって、自分や自分の周りが一番だって魅せれるようにしていくのが楽しかったです。

 そこで先輩達との絆というか、本当にそれこそ戦友みたいな。未だに認めて貰えてるのかは分からないですが、心から素晴らしい人達に出会えたなって思っています。それだけで本当に宝物です。


――どんなお仕事でも大変ですが、舞台は、お客さんにとっては その一回が全てなので、やり直しがきかないという厳しさがありますよね。

 そうなんです。外国を含め遠くから来てくださる方々も多いので、最初から最後まで120%でやっていこうという気持ちを持っていますが、そのハードルは高く、最初は大変でした。

 憧れの先輩が、「毎回違うんじゃなくて、毎回その人達の理想を超えて舞台上で生きる」という言葉を俺に送ってくれて、初心者の自分はそれを必死に体現しようとしていました。

 千秋楽には母親も来てくれて、小さい頃から心臓病で、長い距離(の移動)とか大変なのに、俺のために北千住まで来てくれた時は、昔の俺が欲しかった愛というか、俺に対しての関心というか、そういうのが報われたのかな?と思いました。


――2次元の作品が原作の場合、キャラクターに対するファンの方のイメージや、キャラクターの人生についても考えなくてはならないという難しさがあると思います。

 そうですね。やっぱり、ファンの方のキャラクターに対する愛は本当に凄いもので、それぞれの夢や理想をキャラクターに投影しているので、演者が舞台上で(キャラクターを)動かすには、やっぱり自分自身がキャラクターのファンになって理想のイメージを描いて、それをパフォーマンスと擦り合わせる作業が必要になってくるので、それが凄く大変でした。

 自分とは全然違う感性だったり人生だったり、そういうのを理解するのは凄く心を消耗するし…。でも、自分だけの観点だけでは、キャラクターに対する視野が狭くなってしまうので、色々な人が信じている理想から、“こうなったらもっとその役の先を見れるんじゃないかな”ということを考えていました。といっても、自分にはスキルがないので、考えることしかできませんでしたが…。


❤︎騒動について

――まずは…きちんと眠れていますか?

 最初の頃は眠れなくて、ずっと起きていた時期がありましたが、今は随分マシになりました。

 それでも色々考えてしまう時はありますが、それは、しっかりと考えていかなければならないことなので、そういう時間も大切にしていきたいと思っています。


――現在は、一日をどのように過ごされていますか?

 最近は、先輩や友達とよく会ったりしています。皆さんが気にかけてくれているのもありますが、やっぱり、ちゃんと叱ってくださったり、励ましてくださったりして、こんな自分でも向き合ってくれてるんだなって、有難いです。

 他には、日記というかそういうのを書いたり、家事を手伝ったりしています。

あとは大人の方々と今後の話し合いみたいなのをしたりですね。


――叱ってくれる人がいるのは、とても恵まれていると思います。
心底どうでもいい人間には、「大変だったねー。」で終わりだと思うので…。

 そうですね。中にはそういう人もいると思います。それだけ周りに迷惑をかけたので、やっぱり(騒動に関して)触れづらかったり、関わりたくないということが、普通の人間なら当たり前にあると思います。

 皆さんお仕事でやっているので、そんなお忙しい中でも、自分の為に時間を割いて、気持ちを向けてくれて、自分は本当に幸せ者だと思います。

 今の自分は、家族も、友達も、先輩も、後輩も、支えてくれる人達に本当に恵まれているなと実感しています。


――騒動が起こって、そのまま逃げることもできた中、直筆の謝罪文を発表されましたが、謝罪文を発表すると決めたときの思いとは?

 そうですね。逃げた方が楽だったのかもしれませんが、それは関わってくれた人、応援してくれた人、自分がしてきたこと全てを否定することなので、それはできないと思いました。

 本当は自分としては、すぐに謝罪文を出したかったのですが、色々な問題があり、謝罪文を出せないままフェードアウトせざるを得ませんでした。ですが、それは傷つけた人にも失礼ですし、自分自身が嫌だと思い、色々お力をいただいて、謝罪文を出させて頂くことが出来ました。


――謝罪文を書いているときに考えたこと、そして、謝罪文を発表したときの心境を教えてください。

 謝罪文を考えている中で一番考えたことは、自分の言葉で傷つけた方々への罪悪感や、関係者、応援してくれた方々のことです。

 言葉は、どんな角度からでも(誰かを傷つける)武器になってしまうし、逆もまた然りです。自分自身が発したものが武器になってしまったので、全てに罪悪感でいっぱいでした。

 自分で過去の発言を見返しても、その頃の自分は、周りに対しての憎しみだったり、女性に対しての不満だったり、世の中に対しての憎しみでいっぱいでした。

 確かに、あの頃は挫折や絶望をしていた時期ではあります。しかし、それを公の場で吐き散らしていたことはやっぱり許されないことですよ。それを顧みず、乗り越えてきたと思っていた自分自身が、皆を裏切って傷つけていたのだと思います。そして、芸能活動をする立場としても、意識が低かったと思います。


――たくさんの批判の声があった中、(諸々踏まえた上で)エールを送ってくれた方もいましたね。

 本当に有難いことですし、心から救われました。自分の存在価値というか、その人達だけの為に頑張れるくらい、それほどに背中を支えて貰えました。

 中には、それまで自分のことを知らなかったのに、エールを送ってくれる人もたくさんいて、もう一度自分を見つめ直していかなければならないなと思いました。


――インスタグラムのストーリーでは、皆様からの質問に、誠実に答えていらっしゃる印象を受けました。

あれは、本当は前々からやりたかったです。騒動の最中には事実ではない噂が流れたりして。

一番びっくりしたのは、自殺したというのがニュースになっていて、そういうことを含めての角落としだったのですが、予想以上に暖かい質問ばかりでなんだか違う方向になってしまいした。

でも、応えていくというのは、今までもこれからも、何に対しても備えておきたいスタンスの一つです。


――謹慎期間中に、何か変化はありましたか?

 周りに対しての感謝というか、今まで疎かにしてたものだったり、自分に残ってたものだったり、そういうものに対して今まで以上に感謝するようになりました。本当に、言葉が武器になるように、逆にそれだけで救われることがたくさんあるんだなと。

 あとは、自分がしなくてはならないこと、過去の自分に対しての向き合い方など、もっと自分を見つめ直していこうと思いました。

――諸々の発言をしていた時期は、どのような環境にいて、どのような気持ちでいたのでしょうか?

 そうですね。本当は、あまり表に出すべきではないと思いますが、この機会なので自分もお話させていただけたらと思います。

 冒頭辺りでもお話ししましたが、芸能を学べる学校に通っていたのですが、人間関係で色々問題を起こしてしまい、それも自分の心の弱さの原因だったのかもしれませんが、そこから学校を辞めて、家から出ない日々を過ごしました。

 家に引きこもり、毎日朝から夜まで、ずーっと携帯でインターネットをしながら、まとめサイトを見たりしていました。

当時って本当にそれしかなくて、人に裏切られたと思っていた自分は、外に出のが怖くて、周りの友達とも会えなくて、人を信じたり頼ることができたのが、ネットの世界にしかなかったんです。

 それで今でいう5chなど、ネットにハマっていた自分は、ツイッターを始めて、自分と同じ様な境遇の人達と知り合って、毎日愚痴を言いあっていました。昔でいうツイッタラーとかファボ界隈というのがあったんですよ。

 アニメのアイコンにしたりして、それでvipくんという名前にしてやっていました。vipは確か、2chのvipperから来ていたと思います。

本当に、人間として世間から切り離されたと思っていて…。人間関係で問題を起こしてしまったのも、(※)男性・女性が原因で、それで結果的に拗らせてしまいました。

(※何となく察しました。)


 だから、文句を言ったり匿名で悪口書いたり、他人に対して攻撃的になる人の気持ちも分かります。

 どうしようもない怒りだったり、苛立ちだったり…。でも、自分の力では消化できなくて。そういう、どうしようもないものが溜まりに溜まって、あのような表現しかできませんでした。

 でも、今思えば、他にやり方はあったと思います。もっと他人と向き合って、自分自身と向き合っていれば、自分という人間を受け入れるまで、こんなにも時間はかからなかったのかなと思います。

 しかし、社会だったり、全てに絶望していた自分が、周りの人に助けられて、ようやく自分や、自分がいる環境と向き合うことができたのは、諦めないで、絶望していた自分から変わろうとしたからだと思います。本当に出会いに感謝しています。綺麗事かもしれませんが、本当に今までの過去全てが宝物です。

 でも、その時の自分の言葉が周りを傷つけたことは、一生忘れてはいけないことです。


――関係者の方とは、SNSの取り扱いに関する話し合いはできていなかったのでしょうか?

 そうですね。そこら辺に関しては任せてもらっていて、自分でその頃の(16歳〜17歳あたりの)約5万件のツイートを消すことは困難だと思ったので、削除をするためのツールを利用して消していたのですが、機能上2014年前を遡れず、一斉削除していたつもりが、結果的に、該当する時期のものが全く消えていなかったという状態でした。


――これは、触れるかどうか迷ったことですが…。率直に、女性に対して何か屈折した感情を抱いていた理由はあるのでしょうか?

 言い訳になってしまうと思いますが、当時引きこもったキッカケの女性に対して、裏切られたことや、傷ついたことに対しての深い憎悪みたいのがあって、それが当時の2ちゃんねるだったりネットの影響によって助長していました。

 自分自身姉が三人いて女性の裏側というか、そういうのを勝手に知った気になっていたのもあるのかもしれませんが、今思えば、単に世間知らずで自分に能力がなかったというだけです。

 今の若い人たちもインターネットが普及して、物事の外面だけしか知らずに知った気になることは沢山あると思います。特に自分と似たような境遇だったり、経験だったり、そういうものに共感して受け入れて深みにハマってしまう。それに対する意識や能力は必要だと思います。自分には、そういう知識や教養はありませんでした。


――確かに、誰でも気軽に発信し、どんな情報でも簡単に手に入る現代は、言葉が持っていた重みが、どこか薄く歪になってしまいました。

デジタル画面を通して得る情報には、中毒性が強いものもあり、人によっては、それがどんな情報でも、自分の知識への自信や、心の拠り所になっているのだろうと思います。

プライベートと公の境目が曖昧になっている人も少なくないと思うので、夏目さんのことは他人事ではないと思います。

 そうですね。騒動が起きたというか、発掘されたことがキッカケで、周りの芸能事務所などでも徹底的に指導が入ったそうです。

 海外でも有名な監督さんが、同じ様なことで仕事を解雇になったりしていましたから、現代ならではの問題であると思います。

 いつでも発信していつでも見られる分、時間の壁が薄く感じられ、発信したものが残っていると、例え過去のものでも、今起こっているかのように思えてしまうことはあると思います。だから、今の若い子達には徹底的にケアしてほしいです。


――特定の国の方への発言についても、やはり当時の視野の狭さ故の偏見があったのでしょうか?

 そうですね。まさにあれこそ、“ネットに書いてあること=当時の自分の基準”くらいの感覚だったので…。視野が狭いとは恐ろしいものですね。

 自分が芸能界に入ってから好きになったのは、BIGBANGさんで、それに習ってライブの様なものもやっていました。

 このように、価値観や文化に触れて初めて好きになることは沢山あります。それこそ、様々な活動を通して、たくさんのことを知ることができました。


――チェキ会での行動についての意図を教えてください。

 お相手のこともあるので、詳しくお話をすることはできませんが、復帰の際に御本人からメッセージをいただいて、自分自身の解釈、楽しませたいと思っていたことが違っていたこと、そして自分の配慮が至らなかったことをお伝えして、受け入れていただき、また応援の言葉をいただきました。


――“謹慎期間が短い”という意見もありますが、筆者は(※)期間はあまり重要ではないと考えています。

再始動したいという気持ちがあっても、今まで通りにはいかないはずです。現実を知るのは、これからだと思います。

表に出る活動をする以上、色々なことを言われると思います。それが事実ではないことだとしても、一人一人に言い訳をして回るわけにはいきません。

その中で感じる苦しみや葛藤を通して、腐らずに、一つ一つ丁寧に向き合っていくことが、今の夏目さんにできることだと考えておりますが、いかがでしょうか?

 勿論その通りだと思います。昔だったら、不貞腐れていたかもしれませんが、傷つけたことも事実ですし、迷惑をかけたのも事実です。

 過去に自分自身が受けた傷を、誰かにぶつけたり暴言にして公にするということ自体が悪いことなので、(騒動を通して受け取った)世間の言葉や見方というのは正しいと思います。

 それでも、折れず腐らず向き合っていくことが、自分なりの応え方で、これからの自分の行いで、今回のことを覆して行けるように努力をしていくことが大事だと思っています。

 

 人間失敗してもやり直すことができる。

今 挫折を感じている人に、これからの自分の姿を見てもらうことで、励みになれたらと思います。そして、弱かった過去の自分と向き合っていく時間も、これから自分が成長するのに必要なことだと思います。


(※いくら謹慎期間が長くても、その間に遊び回っているなら、謹慎の意味が無いと考えているため。)